少子化対策は「所得を増やせ」と言うのに、学校は「どう稼ぐか」を教えないのか

少子化対策の議論では、「子育て世帯の経済的支援」「若い世代の所得向上」「賃上げ」が繰り返し掲げられる。政府も、若者や子育て世帯の所得を増やし、経済的な不安なく結婚、出産、子育てを選択できるようにすることを政策の柱に据えている。[cfa.go]

つまり、少子化対策には、個人の経済的安定が重要な前提の一つとなっている。

しかし、その安定を自ら築くための知識──収入をどう得、どう管理し、税金や社会保険とどう向き合い、将来の資産をどう形成するのか──は、学校教育の中で十分に実践的なかたちで扱われているとは言い難い。

所得向上を政策目標に掲げながら、その所得を個人がどう築き、どう守るかを学ぶ機会が限られている。この矛盾は、個々の授業内容の不足というより、学校制度が長く前提としてきた人生像の古さに根ざしているのではないか。

眼鏡をかけて汗を流しながら「いいから所得を増やせーーー!!」と叫ぶ男性のコミック風イラスト
増やせと言われて増えるなら苦労はしないのである。※画像は生成AIで作成したイメージです。

支援は増えても、将来の不安は消えない

少子化対策として、児童手当の拡充、高等教育の経済支援、住宅支援、子育て世帯への各種支援が語られることは重要だ。政府の「こども未来戦略」も、ライフステージを通じた経済的支援、若い世代の所得向上、子育て支援の拡充を一体で進めるとしている。[cfa.go][mhlw.go]

支援は必要だ。経済的に追い込まれた人に、「自分でなんとかしろ」とだけ言う社会は、責任を放棄しているに等しい。

だが、支援だけでは解決しない部分もある。

社会に出た人が直面するのは、「支援をどう受けるか」よりも先に、「収入をどう確保するか」「手取りをどう理解するか」「支出と税金をどう管理するか」「将来のリスクにどう備えるか」という問いだ。

これらは一度きりの知識ではない。就職、転職、結婚、出産、住宅、病気、老後。人生の節目ごとに、お金に関する判断を迫られる。

にもかかわらず、多くの人は、こうした判断に必要な知識を、学校で十分に実践的なかたちでは学ばないまま大人になる。

「夢では食えない」と言う前に

「夢では食えない」。

この言葉は、現実を知らない若者への戒めとして、しばしば使われる。

しかし、そもそも「どうすれば食えるのか」を教えずに、夢だけを否定するのは片手落ちではないだろうか。

夢を持つこと自体が悪いのではない。音楽、絵、執筆、起業、スポーツ、研究。人が何かに向かって努力することは、むしろ奨励されるべきだ。

問題は、夢を支えるための経済的知識を、多くの人が使える形では学ばないまま社会に出されることにある。

夢を実現するには、才能や情熱だけでは足りない。収入源をどう確保するか、作品やサービスをどう価格設定するか、経費と税金をどう扱うか、収入がない時期をどう乗り切るか、契約でどんなリスクを負うか。そうした現実的な設計力が必要になる。

私自身、金融や税金、お金の仕組みを十分に学んでこなかったことを後悔している。知識がなければ、どんな選択肢が自分に開かれているのかさえ見えず、ただ呆然と立ち尽くすことしかできないからだ。

夢を見ることと、それを経済的に成立させることは対立しない。だが、お金の構造を知らないまま夢だけを追えば、いずれ「現実を見ろ」と突きつけられ、破綻に行き着きかねない。

「夢では食えない」と言う前に、社会はまず、「夢でどう食べていくか」を教えるべきではないのか。

「損をするな」だけでは足りない

もちろん、日本の学校でお金が完全に無視されているわけではない。

高校では、家計管理、生活設計、金融商品の特徴、資産形成、社会保険、クレジットや奨学金の仕組み、金融トラブルの防止などが扱われる。金融庁や金融経済教育推進機構も、高校生向けに収支管理、ライフプランニング、資産形成、リスクへの備えを学ぶ教材を用意している。[cfa.go][cfa.go]

つまり、「金融教育がない」というのは正確ではない。

問題は、その教育がどこまで人生の意思決定につながるかだ。

学習の重心は、「浪費しない」「契約で損をしない」「詐欺に遭わない」といった防御的なお金の知識に置かれがちだ。これらは重要だ。だが、それだけでは足りない。

お金には、守る側面だけでなく、稼ぐ側面がある。

給与だけが収入なのか。副業や事業はどう成立するのか。価格は誰が、何を基準に決めるのか。利益とは何か。経費とは何か。税金はなぜ、どこで差し引かれるのか。資産とは何か。投資では何を目指すのか。

こうした問いに触れる機会が少ないまま、人は「お金を使わないこと」だけを学び、「お金を設計すること」を学ばない。

結果として、お金は「欲望を抑える対象」にはなっても、「人生の選択肢を広げる対象」にはなりにくい。

なぜ「稼ぐ知識」は遠ざかるのか

均質な人材を前提にした学校

近代的な学校制度は、基礎知識、規律、協調性を備えた人材を大量に育成する仕組みとして発展してきた。

その前提では、卒業後にどこかの組織に就職し、与えられた業務をこなし、決められた報酬を得る。そうした人生のコースが標準だった。

だから、個人が雇用以外の収入構造を設計する力──起業、投資、副業、独立、交渉──は、教育の中心に置かれにくかった。

これは、誰かが意図的に仕組んだ話ではない。

むしろ、学校という制度が、かつての社会要件に最適化され、変化する経済環境への適応が遅れている、という構造の問題だ。

働き方が多様化し、雇用だけが人生の収入源とは限らない時代に、教育の内容がそれに追いついていない。

「苦労して得た金だけが清い」という感覚

日本社会には、「汗水流して働いて得たお金こそが美しい」という感覚が根強くある、とされる。

反対に、仕組みを理解して稼ぐこと、資本を運用すること、交渉によって条件を改善することは、「ズルい」「浅ましい」「お金の話をするのは汚い」と感じられやすい。

しかし、この感覚は必ずしも健全な倫理を守っているわけではない。お金を語らないことが、欲望を抑えることにつながるわけではないからだ。

現実には、金融リテラシーのない人は、安易なローンや見栄による支出に振り回され、利息、インフレ、税制、契約リスクを知らないまま、情報の差に取り残される。

「お金を語らない」ことが美徳とされてきたのは、お金を理解している側に都合がよかったからかもしれない。

教える側にも、経済実務との距離がある

教師は高度な専門性を持つ職業だ。しかし、そのキャリアは学校という制度の中で完結しやすい。

価格設定、採算管理、資金調達、投資、税務、事業リスク、雇用交渉。こうした民間経済の実務を直接経験する機会が限られれば、「使えるお金の知識」を自信を持って教えるのは難しい。

これは教師個人への批判ではない。

教員養成、採用、校務運営という制度そのものが、経済実務との接点を十分に用意していない、という問題だ。

だから金融教育は、教材の配布や用語の説明にとどまりやすく、「自分の人生をどう設計するか」という実践的な意思決定まで届きにくい。

お金をタブーにするほど、得をするのは誰か

「お金の話をするのは汚い」「儲けを追求するのは浅ましい」という空気は、一見すると謙虚さや平等意識のように見える。

しかし、その裏側では、お金について学ぶ人と学ばない人の間に、大きな差が生まれうる。

賃金交渉、転職、副業、投資、節税、契約、資産形成。これらはすべて、「知っているかどうか」で結果が変わる領域だ。

労働者側が「お金の話をしない」ことは、交渉力を手放すことにほかならない。

得をしやすいのは、情報と資本を持ち、相手が仕組みを知らないことを前提に制度や契約を設計できる側だ。

お金をタブーにする文化は、少なくとも労働者を守ってはいない。結果として、情報を握る経営側や制度の運用側に有利に働きうる。労働者の声は、反論されるまでもなく、通らないまま消えていく。

支援だけでは足りない、お金と向き合う力も必要だ

少子化の原因は、お金だけではない。働き方、住居、性別役割意識、育児負担、将来不安など、複雑な要素が絡み合っている。

だから、「金融教育を増やせば少子化が止まる」と単純に言うつもりはない。

だが、少子化対策が「若い世代の所得を増やすこと」を重要課題とするなら、その所得を個人がどう理解し、どう増やし、どう守るかを教えることは、切り離せない要素のはずだ。

お金を避けて育った世代は、手取り、社会保険料、住宅費、教育費、老後資金を前にして、どんな選択肢があるのかも知らないまま判断を迫られる。

その結果、「経済的に子どもを持てる」という自信は育ちにくい。将来の見通しを自分で立てられない不安が、出産をためらわせる一因になっているのではないか。

支援で一時的にお金を渡すことはできる。だが、次の世代がお金と向き合い、自分の人生を経済的に設計できる力まで渡さなければ、同じ不安が繰り返されやすくなる。

少子化対策とは、子育て世帯へお金を渡すことだけではない。

次の世代が、夢を持ちながらも、その夢を経済的に成立させられる力を持つことでもある。

「夢では食えない」と言う前に、私たちはまず、夢を経済的に成立させる知恵を教えるべきではないのだろうか。

注釈・出典

こども家庭庁「こども未来戦略」。若者・子育て世代の所得を増やすこと、ライフステージを通じた切れ目のない支援を掲げている。[cfa.go]
https://www.cfa.go.jp/resources/strategy

厚生労働省「こども未来戦略(令和5年12月22日閣議決定)」。経済的支援の強化、若い世代の所得向上、子育て支援の拡充を一体で進めるとする。[mhlw.go]
https://www.mhlw.go.jp/content/12602000/001713053.pdf

金融庁「高校向け 金融経済教育指導教材の公表について」。家計管理、ライフプランニング、金融商品、リスク・リターンなどを扱う教材を公開。[cfa.go]
https://www.fsa.go.jp/news/r3/sonota/20220317/20220317.html

金融庁「高校生のための金融リテラシー講座」。家計管理、ライフプランニング、貯蓄、リスク・リターンなどを扱う。[cfa.go]
https://www.fsa.go.jp/news/r3/sonota/20220317/package.pdf

金融経済教育推進機構(J-FLEC)の活動状況。中学生・高校生向けに、収支管理、貯蓄、資産形成、クレジット・奨学金、金融トラブル防止などを提示。[cas.go]
https://www.cao.go.jp/consumer/iinkai/2026/496/doc/20260724_shiryou1-4.pdf

内閣府「こども未来戦略 方針」。児童手当拡充、高等教育費支援、住宅支援、医療費等負担軽減などを列挙。[cfa.go]
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/zensedai_shakaihosho_kochiku/pdf/231222kodomotokouei.pdf

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