で、ナフサって結局なんなん?

「ナフサ不足が──。」

しばらく前、そんな言葉をよく見た記憶がある。

ニュースでも、SNSでも、企業の発表でも、「ナフサが不足している」「ナフサの調達が不安定になっている」と、まるで誰もが意味を知っているかのように話されていた。

会社の話や業務関連の文脈では、なおさらそうだった。「ナフサ不足の影響で」という一言が、説明なしに当然のように置かれる。「ガソリンが足りない」と言われるのと同じくらい、みんなが当たり前に理解している言葉のように。

だが、私は素直に思った。

ナフサって、なんだ?

スーツを破って激怒する男性のイラスト(ナフサと原油不足の解説アイキャッチ)
※画像は生成AIで作成したイメージです。

有名な言葉だったのか。それとも、自分だけが知らなかっただけなのか。

一応、自分でも調べはした。しかし、調べれば調べるほど、「原油から作られる」「化学原料になる」「プラスチックやインクに関係する」といった説明ばかりが出てくる。

なるほど、ナフサは化学の原料なのだろう。

だが、それでも分からないことが残る。

なぜ、それが急に不足するのか。
なぜ、ポテチの袋が白黒になるような事態につながるのか。
そして、なぜ「ナフサ不足」という言葉だけが、まるで独立した問題のように扱われていたのか。

この記事は、その素朴な疑問を解きほぐすためのものだ。

ナフサとは、原油の一部である

まず、ナフサとは何か。

難しく言うと、原油を蒸留して分けたときに出てくる、化学製品の原料になる留分だ。

もっと砕けば、原油を「ガソリン」「灯油」「重油」などに分けるときに一緒に出てくる、プラスチックやインクの元になる液体である。

ナフサは「粗製ガソリン」とも呼ばれる。沸点がおよそ30〜200℃の範囲で得られる炭化水素の混合物で、日本では石油化学産業の基礎原料として扱われている。JOGMEC「ナフサ:用語辞典」

つまり、ナフサはガソリンと並ぶ「別の燃料」というより、原油を身の回りの物質へ変えるための出発点に近い。

ナフサを熱分解すると、エチレンやプロピレンといった基礎化学品が生まれる。そこからさらに、プラスチック、合成繊維、合成ゴム、塗料、接着剤、印刷インクの樹脂や溶剤などへ展開していく。三井化学「プラスチックの原料『ナフサ』とは?」

だから、ナフサは遠い存在ではない。

スーパーの袋、お菓子のフィルム、衣類の繊維、家電の筐体、ペットボトル、印刷インク。そうしたものの多くは、どこかでナフサ由来の化学製品を通っている。

ナフサとは、原油を「燃料」から「生活の素材」へ変えるための、最初の原料なのである。

ナフサが不足すると、何が困るのか

では、ナフサが不足すると何が起きるのか。

ガソリンが足りなければ、車が動かなくなる。軽油が足りなければ、トラックが止まる。その結果、物流が止まり、店に物が届かなくなる。

一方、ナフサが足りない場合はどうか。

すぐにガソリンスタンドが空になるわけではない。すぐに電気が止まるわけでもない。

だが、プラスチックや包装材、印刷インク、溶剤といったものの調達が不安定になる。生活を直接止めるというより、生活の「見た目」や「包装」から影響が出やすいのだ。

実際、カルビーは2026年5月12日、中東情勢の緊迫化に伴う一部原材料の調達不安定化を受け、ポテトチップス、かっぱえびせん、フルグラなど計14品のパッケージを、従来のカラー印刷から白黒2色へ変更すると発表した。5月25日の週から、店頭で順次切り替えられている。BBCニュース「カルビー、主力商品パッケージを白黒に」

理由として挙げられたのは、パッケージに使う印刷インクなどの調達が不安定になったことだった。

印刷インクは、色を出す顔料だけでできているわけではない。顔料をフィルムに定着させる樹脂と、それらを溶かして印刷しやすくする溶剤が必要になる。その樹脂や溶剤には、ナフサ由来の材料が関わっている。

つまり、カラー印刷は「色を付ける」だけの話ではない。

多色印刷を維持するには、相応の樹脂と溶剤が要る。供給が不安定になれば、色数を減らす、印刷工程を減らす、包装仕様を見直す、といった対応が必要になる。

白黒パッケージは、デザインの退却ではない。

「商品を供給し続けるために、装飾を削る」という判断だったのだ。

ここで、一つ引っかかる

ここまでなら、「なるほど、ナフサは化学の原料で、不足すると包装や印刷に影響が出るのか」という話で終わる。

だが、少し立ち止まってほしい。

ナフサは、どこから来るのか。

原油だ。

ナフサは、原油を蒸留・精製して得られる留分である。原油とは別に、空から降ってくる資源ではない。

もちろん、ナフサの供給は原油だけで決まるわけではない。国内での精製、海外からの輸入、輸送、在庫など、複数の要素で決まる。原油全体が潤沢でも、特定の原料や調達経路だけが先に不安定になることはありうる。

だが、だからこそ、この問題を「ナフサ不足」という一言で片付けてよいわけではない。

ナフサは原油から生まれる一部であり、その供給網は原油、海上輸送、精製、流通とつながっている。

中東情勢という上流の揺らぎが、最も早く、最も見えやすい形で現れた場所のひとつが、ナフサだった。

だとすれば、「ナフサ不足」という言葉は、問題の最も身近な部分に付けられた名前だった可能性がある。

その奥には、原油をめぐる上流の不安があった。

「原油不足」と「ナフサ不足」は、重さが違う

ここで、言葉の重さを比べてみてほしい。

「原油不足」と聞いたとき、私たちは何を想像するだろうか。

ガソリンが高い。ガソリンスタンドに行列ができる。トラックが止まる。スーパーに物が届かない。電気や物流まで揺らぐ。

つまり、社会そのものが止まりかねない問題として受け取る。

一方、「ナフサ不足」と聞いたときはどうか。

多くの人は、おそらくこう思う。

「ナフサ?何それ」
「化学の原料が足りないらしい」
「まあ、プラスチックとかインクの話でしょ」

同じ供給問題に端を発しているはずなのに、受け取る重さがまったく違う。

「原油不足」は、生活を止める話に聞こえる。
「ナフサ不足」は、どこか遠い工場と、包装の話に聞こえる。

だが、ナフサは原油の一部である。

ナフサの逼迫は、原油をめぐる供給の揺らぎが、化学原料という形で表面に出てきたものと見ることができる。そして、その影響はポテチの袋の色という、あまりに日常的な場所に表れた。

カルビーの白黒パッケージは、何を示していたのか

カルビーの白黒パッケージが話題になったとき、ネットではさまざまな受け取られ方をした。

「エコなのか」
「デザインがダサくなった」
「企業の話題作りか」
「インク不足って、そんなに影響あるのか」

もちろん、企業としては商品を安定して供給するための現実的な判断だったのだろう。カルビー自身も「商品の安定供給を最優先とする観点から、当面の対応策として」と説明している。カルビー「一部商品仕様見直しのお知らせ」

だが、私はこの対応を「ナフサ不足への個別対応」としてだけ見るのは、少し違うと思う。

ナフサ不足の背景にあったのは、中東情勢の緊迫化による原油や関連供給網への影響だからだ。企業が実際に向き合っていたのは、単なる「インクが足りない」という話ではない。

原油という上流の供給が揺らぎ、その影響がナフサ由来のインクや溶剤、包装材へと波及した。その結果、ポテチの袋という生活の末端にまで対応を迫られた。

そう見ると、白黒パッケージは「ナフサ不足への工夫」にとどまらない。

上流のリスクが、すでに日常の商品供給に届いていたことの表れだ。

そして、本来ここで議論されるべきは、「包装を白黒にする工夫」ではなかったはずだ。

原油の供給がどこまで揺らいでいるのか。
輸入、海上輸送、精製、備蓄、化学原料への配分は大丈夫なのか。
今後、燃料や物流に波及する可能性はないのか。

そうした上流の話だったはずだ。

だが、実際に広がった議論は、「ポテチの袋が白黒になった」という現象の面白さが中心だった。

これは企業だけの問題ではない。

報道も、SNSも、私たち読者も、「ナフサ不足」という言葉が示す範囲で話を止めてしまった。原油という根源にまで目を向けず、包装デザインや企業対応の面白さとして消費してしまった。

白黒パッケージは、上流の供給リスクが生活の末端に届いた証拠であると同時に、私たちがその問題を「包装の話」として処理してしまった証拠でもある。

「確保できている」は、安心の言葉ではなかった

ここで、政府の説明についても触れておきたい。

政府は原油について、「日本全体として必要となる量は確保できており、年を越えて安定供給のめどがついている」と説明した。首相官邸「中東情勢に関する関係閣僚会議」

この説明自体は、完全な嘘ではないだろう。

政府が示したのは、国家備蓄を放出しながら、ホルムズ海峡を通らない代替調達を進めることで、当面の供給をつなぐという見通しだった。首相官邸「中東情勢に関する関係閣僚会議」(2026年3月31日)

実際、日本の原油調達は2026年4月に平年の約3割まで落ち込んだが、その後、代替調達を広げ、7月には代替分を含めて前年同月の約100%を確保する見通しとされた。nippon.com「ナフサ不足がポテチに波及、カルビーのパッケージ白黒に」

つまり、「確保できている」は、備蓄と代替調達に支えられた見通しとして成立していた。

だが、それは「もう安心した」という意味ではない。

備蓄は、いわば時間稼ぎだ。代替調達にも、輸送距離、費用、受け入れられる原油の種類、製油所の設備、海上保険、地政学上のリスクといった制約がつきまとう。

さらに、原油の調達がある程度回復しても、ナフサの供給がすぐに追いつくとは限らない。実際、ナフサについては、輸入と国内生産を合わせても需要を満たせないとの見立てを示す専門家もいた。nippon.com「米・イラン和平覚書後も続く混乱:原油の代替調達には限界」

「日本全体として足りている」という言葉と、「必要な工場が必要な原料を必要なときに手に入れられる」という現実は、同じではない。

だから、「政府が足りていると言っているのだから大丈夫」と受け取るのは、危うい。

「確保できている」という言葉は、安心を与える言葉だった。
しかし、その内実は、備蓄と代替調達という不確実な前提に支えられた、条件付きの見通しだった。

「ナフサ不足」は、嘘ではなかった

ここまで書いて、一つだけ明確にしておきたい。

「ナフサ不足」という言葉自体は、嘘ではなかった。

ナフサの調達は実際に不安定になり、その影響は印刷インクや包装材に表れた。企業が対応を迫られたのも事実だ。

また、政府や企業が意図的に何かを隠していたと断定するつもりもない。ここで言いたいのは、そういう陰謀論ではない。

問題は、言葉の選び方と、それが生む印象の重さだ。

「原油不足」という言葉には、社会が止まりかねない緊急性がある。

「ナフサ不足」という言葉には、化学の専門用語らしい、どこか遠い響きがある。

しかし、ナフサは原油の一部である。

ナフサの調達が揺らぐということは、その上流にも何らかの不安定さがあることを示唆する。にもかかわらず、「ナフサ不足」という表現が前面に出ることで、問題は「包装の話」「インクの話」「化学の話」へと切り分けられていった。

結果として、備蓄と代替調達に頼らざるを得ない原油供給の不安定さは、私たちの目から見えにくくなっていた。

結論:私たちは、原油の話もしていた

「ナフサ不足」は嘘ではなかった。

だが、その言葉は、原油をめぐる供給不安というより大きな問題を、小さく見せていた面がある。

政府は「必要量は確保できている」と言った。それは、備蓄と代替調達を前提にした見通しとしては理解できる。だが、それは「もう安心できる」という意味ではなかった。

ポテチの袋から色が消えたとき、私たちは包装の話をしていた。

本当は、原油の話もしていたのかもしれない。

ナフサとは、原油をプラスチックやインクへ変えるための原料だ。だからナフサが揺らぐとき、揺らいでいるのはナフサだけではない。

原油という上流から、包装という生活の末端まで、どこかが揺れている。

「で、ナフサって結局なんなん?」

その問いへの答えはこうだ。

ナフサとは、原油を生活の素材へ変えるための最初の原料である。そして「ナフサ不足」という言葉は、原油をめぐる供給不安という大きな問題を、包装や化学の話として、私たちが気づきにくい形へと変えていた。

参考

補足

本記事は、ナフサ不足そのものを否定したり、特定の政府・企業の意図を断定したりするものではありません。ここで扱っているのは、「ナフサ不足」という言葉が、原油供給をめぐるより大きな不確実さを、どのように見えにくくしうるかという構造の話です。

\ 最新情報をチェック /